「次は何を仕かけますか?」“屋根のついた公園”を生み出したメディコス総合プロデューサー 吉成 信夫さん
「図書館ほど知の刺激にあふれ、開かれた場所ってないんですよ。今までにない図書館をつくりたい。日本の図書館を変えていきたいと思っていました」
そう語るのは「みんなの森 ぎふメディアコスモス(以下、メディコス)」総合プロデューサーの吉成信夫さん(66)。東京でビジネスの世界を経験したのち、岩手で廃校を利用したエコスクール「森と風のがっこう」を設立。県知事の要請で「県立児童館いわて子どもの森」初代館長に就任するなど、行政の枠に収まりきらない異色の経営で知られています。
彼が総合プロデューサーを務めるメディコスは、「知の拠点」の役割を担う岐阜市立中央図書館、「絆の拠点」となる市民活動交流センター、多文化交流プラザ及び「文化の拠点」となる展示ギャラリー等からなる複合文化施設です。昨年、図書館単体ではなく、「図書館と市民活動を軸に地域の可能性を追求する複合文化施設」としての価値が認められ、Library of the Year 2022*の大賞を受賞。その名が全国に知られることとなりました。
今なお、進化を続けるメディコス。この場所はいかにして人々に愛され、外部からも高い評価を得るに至ったのか。本稿ではメディコスのあゆみとその舞台裏について、吉成さんにお聞きしました。
*:これからの図書館のあり方を示唆するような先進的な活動を行っている機関に対して、NPO法人知的資源イニシアティブ(IRI)が毎年授与する賞。2006年から毎年行われている
2015年4月、吉成さんは公募で岐阜市立図書館長に就任し、岐阜の地に赴きました。3年任期のつもりが、気づけば今年で8年目。現在では図書館を含めた複合施設、メディコスの総合プロデューサーを務めています。
2015年7月のオープンまで、与えられた時間はわずか3ヶ月でした。単に本を貸し借りする場だけに閉じるのではなく、人と人とが交わり、コミュニケーションが生まれる場所にしたかったと語る吉成さん。しかし当初は、施設はあるけれど中身は何も決まっていない状態でした。
そこで毎朝、自らが思いついた言葉を「カンチョーのあしたのためのキーワード」として貼り出したほか、朝礼では「朝のブックトーク」という名で一日一人、本を紹介する時間を設けることに。そうした取り組みには、「市民や図書館を取り巻くたくさんの人たちと交流できる人材に育って欲しい」という願いが込められていました。
「人前で話すことに慣れていなくて、声や手が震える人もいてね」
限られた時間の中、吉成さんをはじめ職員全員がオープン準備に挑みました。公共図書館といえば静かに本を貸し借りする場所。当時、日本にはコミュニケーションが活発に行われる施設はあまりありませんでした。従来型の図書館に慣れ親しんだ職員の中には、吉成さんの示す理想の図書館に戸惑いを覚える人も多くいたと言います。
それが今では、全国各地から視察申込みが殺到するほど、先鋭的な図書館へと変貌を遂げました。郷土文化を伝える企画や司書と子どもの交流など、子どもも大人も自由に交流を楽しめる場所が、ここ岐阜市に生まれたのです。日々その運営を支え、新たな企画を前のめりで生み出すのは、とりもなおさず、震えるほどの緊張を経験した司書たちでした。
内側に眠る好奇心を刺激すると、人は動き出す。さまざまな企画や仕かけを通じて、岐阜の人たちのフットワークの軽さを感じた吉成さんは、次々と人を駆り立てる企画を仕込んでいきます。
幅広い地元のネットワークを通じて、ピンときた人とはコラボレーションを企画。2023年1月には、「ティーンエイジのためのHIP HOP講座」を開講。岐阜市在住のプロラッパー、裂固(れっこ)さんとともに、ヒップホップの歴史や具体的なラップの手法などを学び、参加者自らがラップで自分を表現しました。3日間にわたる講座は大盛況。「大事なのはともに響きあうこと=共振すること」だと言います。
多彩なイベントでわれわれを魅了するメディコスですが、その館内はどうなっているのでしょうか?吉成さんからたびたび出てくるのは「コンテンツ」という言葉。ここでいうコンテンツとは、本や情報をきっかけとして、この街で人が豊かに生きて行くための対話的仕かけのことを指しています。メディコスはコンテンツを生み出す宝庫として、館内のあちこちで趣向を凝らす仕かけを行っています。
例えば、書架と書架の間のスペースを活用した手作りのブース。司書の皆さんが独自の世界観で来場者と交流しています。
2階の奥にはヤングアダルト(YA)のコーナーがあります。専用の座席コーナーがあったり、司書に思いを投稿できる掲示板が設置されたりしています。題して「YA(ワイエー)交流掲示板」。匿名の司書たちが投稿にお返事を書き、交流が生まれています。
掲示板をじっと見つめる来場者たち。そっと落ち着いて自分の内面と向き合える場所だからこそ、若者たちの本音が言葉となって紡ぎ出されるのです。オープン当初からつくったこの掲示板は、吉成さんもお気に入り。
陽の光が降り注ぐガラス一面の窓際エリアには、児童書コーナーに隣接して芝生のようなスペースがあります。子どもをみんなで見守れる空間になっており、子ども連れの方が公園で遊ばせるように図書館を訪れてくれるシーンをつくりたかったとのこと。
館内中央の展示グローブにはメディコスのあゆみも展示。2015年のオープンから2022年に栄誉ある賞を受賞する複合施設へと成長していく歴史が刻まれています。
一歩外に出ると目の前には大きな広場が。建物の周りにはたくさんの植物が植えられ、人々の憩いの場となっています。2021年には「メディコスハーブガーデン講座」を開講。施設に併設されているカフェの隣に、参加者みんなでハーブを植えました。
多様なコンテンツで来場者を魅了し続けるメディコス。改めて、この場所に込めた思いを聞きました。
「子どもの声は“未来の声”だと思っています」
ここに込められているのは、お互いさまの精神。人と本と情報を緩やかにつなぐコミュニティが、小さくてもたくさん生まれてほしい。そして、本を通じて子どもたちの豊かな未来を育みたいという願いが込められています。また、「図書館は本と人とまちをつなぐ屋根の付いた公園です」というメッセージも印象的ですが、これは人々の交流と地域をつなぐメディコスの役割が表現されていました。
東京を離れ、岩手も後にし、たどり着いた岐阜。彼はここで次々と独創的なアイデアを生みだし、図書館の新たな可能性を示してきました。向かうべき方針を示しながらも、「決して一人でやらない、一人ではできない」というスタンスを重視。多くの協力者を巻き込めたからこそ、現在のメディコスが誕生したといえそうです。
ここは街の歴史と未来が交差し、人々に開かれたオープンな場所。市民参加型の企画もたくさんあります。この場所を訪れ、交わる人々の思いをぜひ、体感してみてください。
さて、吉成さん。次は何をやりたいですか?
*この記事は、「メディコス編集講座」第2期の講座の一環として受講生が制作しました。
インタビュー・校正:青木 三奈、石井 佳代子、籠原 潤一、佐賀 晶子、吉原 真由美、執筆:佐賀 晶子
メディコス編集講座第2期の概要は以下リンクからご覧ださい。
岐阜を編み、岐阜を集める「メディコス編集講座 第2期」