地元に劇団があることの豊かさ
~ファミリーフェスティバルで演劇を日常に~
【演劇との出会い】
今から10年ほど前、わたしはひょんなことから「親子で生の舞台劇を観る」市民サークルに参加するようになりました。そのサークルでは、全国から劇団さんをお呼びして、自分たちで舞台公演を主催し開催する、という活動をしていました。サークルメンバーの中には、日常的に舞台劇を観ている人や、自身が劇団の役者をしている人もいました。
それまでわたしは、舞台劇を観に行ったことなど一度も無く、舞台劇を観たいと思ってこのサークルに参加したわけでもありませんでしたが、そのような環境に身を置くうちに、演劇の魅力に引き込まれていきました。同時に、岐阜市やその周辺の地域を拠点に活動する劇団がいくつもあることを知りました。自分が暮らすまちに、こんなにも演劇文化が根付いていることを、初めて知ったのでした。
【地元の劇団が毎年新作を発表】
岐阜市で秋になると始まる、「ぎふ演劇シーズン(岐阜市民芸術祭)」。岐阜を中心に活動している劇団が、市内の各施設で順次公演を行います。この芸術祭は、岐阜市と市民が協働で開催するイベントで、36年目を迎えた今年は8団体が参加しています。
数ある劇団の中でもわたしのお気に入りは、この芸術祭の常連である「劇団はぐるま」です。1954年にこばやしひろしさんを中心に創設され、2024年で創立70周年。最近はおとな向けの作品が多い印象ですが、以前は夏休みなどに、親子で楽しめる作品を毎年上演していました。
わたしは知り合いの役者さんが出演していることをきっかけに観に行き、他の役者さんたちにも愛着がわき、やがて毎回観に行くようになりました。
【「劇団はぐるま」のこと】
ところで、わたしの家の近所に「円成寺」というお寺があります。わたしの子どもが小さい頃には、このお寺で開かれる「日曜学校」に親子で通っていました。お寺でお経を唱えるほかに、住職が昔話を語ってくださることがあり、その時間がわたしはとても好きでした。実はそのご住職が、劇団はぐるまの創設者である、こばやしひろしさんだったのです!
そう、こばやしさんは、ご住職でありながら「劇団はぐるま」を立ち上げ、演劇人としても活躍されたのです。代表作の一つ『郡上の立百姓』は中国でも上演され、『郡上一揆』として映画化もされました。
その後も精力的に作品を発表し、『カンナの咲き乱れるはて』のように戦争を扱った作品や、『龍の子太郎』『ジャックと豆の木』『森は生きている』など親子で楽しめる作品も多数上演されています。
そしてこのお寺には、もう一つ秘密があります。
実はこのお寺の本堂は演劇の舞台にもなるのです。ご本尊を祀った中央の仏壇を奥にスライドさせることで、板の間の舞台が出現します。照明や音響設備も備え付けられており、障子を暗幕で覆うと小劇場の完成です!岐阜の片田舎 に、これほど熱を持って演劇に打ち込む文化があったとは、わたしにとって大きな驚きでした。
【岐阜市を拠点に「劇団風の子中部」誕生】
地元の劇団で、わたしのもう一つのお気に入りは「劇団風の子中部」です。「劇団風の子中部」は、東京を拠点とする「劇団風の子」が、岐阜市を拠点に立ち上げた劇団です。
「劇団風の子」とは、1950年に東京で旗揚げした児童演劇集団です。日本全国を旅して、幼稚園や保育園、児童館や小中高校などで公演を行ってきました。1980年代に入ってから、地方に定住し、地域の子どもたちに密着した活動をめざして「地域劇団風の子」が生まれました。北海道、九州、中四国、関西、東北、中部と全国展開し、今ではそれぞれが自立した劇団として活動しています。
その中部地方に生まれた劇団が「劇団風の子中部」であり、その拠点が岐阜市なのです。「劇団風の子中部」は、2023年で創設10周年を迎えました。ぎふ演劇シーズンには参加していませんが、東海地方の幼稚園や小学校を中心に、学校公演を精力的に続けてきました。
以前は年間300本以上の公演をこなしていた「劇団風の子中部」ですが、コロナ禍でキャンセルが相次ぎ、2020年は公演の機会がほぼゼロになってしまいました。未だ公演数は完全には回復していませんが、2023年になって嬉しい知らせが届きました。
なんと、こども家庭庁から優れた児童福祉文化財に贈られる「児童福祉文化賞」を、「劇団風の子中部」の作品『ギャング・エイジ』が受賞したのです!
コロナ禍で公演ができず、劇団存続の危機にあったときも、「子どもたちに生の舞台を!」「文化芸術の灯をともし続けよう!」と訴えてきた、「劇団風の子中部」の想いと活動が報われた出来事でした。
この作品の脚本を手がけたのは、岐阜市出身の脚本家、いずみ凜さんです。いずみさんは、なにを隠そう、こばやしひろしさんの娘さんでもあります。
【ファミリーフェスティバル構想】
最近、わたしが所属する市民サークルへ初めて参加される方が何名かあり、その理由を尋ねてみると、子どものためというのもさることながら、親さん自身が「もうそろそろお芝居が観たい」「お芝居を観て癒されたい」とおっしゃいます。戦後から演劇活動が活発で、芝居を日常的に楽しむ文化が育ってきた岐阜だからこその、市民の声かもしれません。
わたしは、岐阜の演劇文化を再び盛り上げることに貢献したいと考え、密かに妄想していることがあります。それは、ぎふメディアコスモスから柳ケ瀬商店街を経てJR岐阜駅へ至るエリアを利用して、舞台芸術に特化したファミリーフェスティバルを開催するというものです!
ぎふメディアコスモス、市民会館、ドリームシアター岐阜、文化センター、御浪町ホール。これらの文化施設で、子どもやファミリー向けの芝居を上演する。さらに、公園や路上でも大道芸やワークショップを開催する。同時に、フリーマーケットやキッチンカーも出店する。そんな「おまつり」ができたら楽しいだろうと思うのです。
なぜ子ども向けかと言えば、こばやしひろしさんが子どもたちに物語を語ったように、また「はぐるま」さんや「風の子」さんが、児童演劇を大事にしてきたように、小さな子どもにこそ生の舞台芸術が必要だからです。
そして、なぜファミリーフェスティバルかと言えば、芝居を観る体験と幸福感が記憶の中でつながっていることが大事だと思うからです。子どものころに豊かな観劇体験をした人は、大きくなってもきっと芝居を観るはず。やがて、自分の新しい家族と一緒に芝居を観に行くようになるでしょう。
家族で芝居を観て、楽しく買い物や食事をする。この「おまつり」での体験が、演劇に親しむきっかけになるのではないか。そうやって伝統や文化が受け継がれ、地域に根付いていくのではないかと考えています。
2023年、「劇団風の子中部」は創立以来初めて、中高生向けの作品を制作しました。10年前に岐阜で旗揚げしたころ、幼稚園で劇を観た子どもたちはもう中学生や高校生になっています。その子どもたちに向けたメッセージを作品に込めたそうです。『白髪のニール ーROLL ROLL ROLLINGー』というその作品は、重松清さんの原作で、進路に悩む子どもたちに向けて劇中でこのように語りかけます。
「人生はロックンロール。
ロックは始めることで、ロールはつづけることよ。
ロックは文句をたれることで、ロールは自分のたれた文句に責任を取ることよ。
ロックは目の前の壁を壊すことで、ロールは向かい風に立ち向かうことなんよ。」
設立から10年、地域での活動を積み重ね、地域で育ち、育てられてきた劇団だからこそ、この作品が生まれたのだと思います。
自分が暮らすまちに劇団があるということは、役者(または制作者)自身がその町の住人であり、生活をしているということです。自治会やPTA、子ども会などの関わりの中で、その地域ならではの課題や、子どもたちの生の声に触れることができます。そしてそれがお芝居に反映され、メッセージとして観客に届けられる。そして、その舞台を観ることによって、観客は癒やしや気づきを得る。人が演劇を育て、演劇が人を育てるのです。この豊かな文化の循環を、岐阜の地に取り戻したいのです。
<書き手>メディコス編集講座 第3期生 カオリーヌ
メディコス編集講座とは、岐阜市の魅力的な情報を集め・発信する担い手育成を目的として岐阜市が開催している講座であり、令和5年度の第3期までに68名が終了し、市民ライターとして活動しています。