No.23
“このまちで育む”
岐阜市の若き牛飼い
岡山 直人さん
畜産農家(牛)
1992年生まれ 岐阜市在住
生まれ育った大阪の高校を卒業後、岐阜大学応用生物科学部にて動物栄養学を学ぶ。2015年に大学を卒業し、別の国立大学の事務職として勤務した後、就農研修、牧場での現場仕事などを経て2020年飛騨牛繁殖研修センターに第1期生として入所。2年間にわたり同センターにて牛の繁殖技術を学んだ経験を活かし、2022年に岐阜市網代地域において使われなくなった牛舎を活用して牛の繁殖経営を開始(独立就農)。岐阜市の牛の畜産における若き担い手の1人として「牛のポテンシャルを最大限にする」ことを目指し、日々奮闘している。
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現在のあなたの活動について教えてください
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― 牛の畜産農家である岡山さんの仕事の内容について教えていただけますか。
一言で「牛の畜産農家」といっても実は役割が分かれていて、僕はその中の繁殖農家と呼ばれる仕事をしています。お母さん牛を買って子どもを産んでもらって大体9ヶ月前後まで育て、肥育農家さんに売って引き継ぐのが僕たちの役割です。そして次に肥育農家さんがその牛を生後30ヶ月くらいまで育てて出荷し、食肉市場で枝肉にしてもらうというのが一連の流れです。
ちなみに、皆さんは岐阜の牛というと真っ先に飛騨牛が浮かぶかと思いますが、ざっくりいうと一番長く飼育された場所が岐阜県内だとその牛は飛騨牛になります。だから僕が育てた牛を県内の肥育農家さんが引き継いで育てると飛騨牛となり、滋賀県に出すと近江牛になったりするんですね。
それで僕自身の仕事の内容はというと、とにかく牛の世話に徹するものです。毎朝牛舎に来て子牛にミルクをあげ、草や配合飼料も朝夕2回あげて、牛の寝床敷料の掃除を行う。ただ、イレギュラーなことも結構多いんです。牛が逃げたり、怪我や病気をすることもあって。ちょっと調子が悪そうだなと思って獣医さんに診ていただくこともしばしば。あと経営していく上では種付けも大切な仕事ですね。牛にとって適切なタイミングを見極めて行うことが大きなポイント。僕は1人で牛舎の経営を行っているので集約的なシステムがなく、非効率な方法でやっている農家だと思います。
― どういったことがきっかけで畜産農家になろうと志したのですか。
もともと小さい頃から動物が好きで、岐阜大学で動物、特に動物栄養学を学んだのですが、紆余曲折あって大学卒業後は専門性のない事務仕事などを経験しました。ただやっぱり大学時代に毎日ヤギや羊の世話をしていたこともあって、動物と向き合う居心地の良さをずっと感じていたので畜産の現場で仕事をしたいと思うようになったんです。
― お1人で数十頭の牛を飼育しながら経営されていて、とても大変なお仕事かと思います。
休みはないですね(笑)。毎日車で数十分かけて網代の牛舎まで来ています。でも僕は土日にもあれこれ仕事のことを考えてしまうタイプなので、以前違う職で勤務していた時代は休みのほうが辛かったんです。今はもう牛を毎日育てることが生活の一部になっていて、今日はこれをやりたいから早めに行こうとか、あえて遅い時間からこれをやろうとか、融通を利かせながら自分の生活リズムと密接にリンクできていると感じています。たまに家族が牛舎を見に来たりもしますね。
あとは牛って人や他の動物にはない独特のリズムがあって、ぼーっと見ていてもなんとなく落ち着くんです。もちろんこちらを警戒すると暴れることもあるんですが、安心すると静かに穏やかに餌を食んだり寝そべったり…見ているとこっちもゆっくりできる特有の空気感がありますね。
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これからの野望(目標)について教えてください
2022年から畜産農家の経営を始めたばかりで、他の農家さんが当たり前にやっていることがまだまだできていないと感じています。その1つが牛の畜産農家の一番の仕事である「牛のポテンシャルを最大限にする」ということです。この仕事をしていて、生まれてから長い時間大切に育てた牛が食肉として出荷されることについて心の整理が難しい部分もあるんですが、最終的に食肉として最大限に多くの人の命を支え喜んでもらえる形が良いですし、それこそが牛のポテンシャルを大きくすることだと思っています。
そのために必要なのは牛をとにかく観察すること。ちょっとでも体調が悪かったら早く治してあげるとか居心地が悪かったら環境を変えてあげるとか。気づく時は気づくんですが、やはり動物なので敵には不調を察知されまいと隠すところがあるんですね。この牛は自分に結構なついているなあと思って油断すると痛い目に合うことも…それはもう本当に文字通り“痛い目”に合います(笑)。敏感に牛の変化を感じ取れるようになるには、まず僕自身に余裕がないといけないと思っています。まだまだ学ばないといけないところが多いですね。
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あなたの考えるシビックプライドとは?
僕は県外から来た新参者ですが、岐阜市の牛の畜産に携わっている方は本当に若い後継者が多いと思います。全国的にみても繁殖農家の高齢化が進んで廃業されたり、担い手が少なくなっているという話は往々にして聞きます。だからあまり知られていないかもしれませんが、岐阜市の牛の畜産って他の地域に比べて活気があって、すごく見通しも明るいのではないかと思っているんです。僕と同世代で経験値の高い農家さんが近くに多くいらっしゃるので、コミュニケーションをとりながら色々と頼らせてもらっています。
あと、僕は岐阜市民になってまだ日は浅いですが、畜産とは少し離れて「岐阜市」を見ても本当に住みやすいまちだと思っています。それで僕はここを拠点に就農したいと思ったし、たまたま使われなくなった牛舎があったおかげで今の自分の活動ができています。だから僕は少しでも良質な牛を生産して岐阜市という風土で育った牛もこんなに良い牛ですよといえるような土壌をつくりたい。そうやって岐阜市という土地に何か恩返しができたらなと思っています。もちろん僕1人では絶対にできないですけど、その一助になれることを願っています。
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コメント
皆さんは個体識別番号というものをご存じですか?スーパーや精肉屋さんでも見かける牛肉に付いている国のデータベースの番号です。この番号をインターネットで検索すると、その牛がいつ誰のもとで生まれ、どこで育てられたのか、どこでお肉になったのかという一連のストーリーが見れるんです。なかなか牛の畜産や牛肉の加工の現場って想像しづらいと思うんですが、手軽に生産現場との繋がりを知ることができるので、ぜひ楽しみながら調べてみてもらえると嬉しいです。普段肉屋さんに行って一生懸命スマホを片手に調べているのは僕くらいかと思いますが(笑)。「県外産かと思った牛が実は近所の岐阜市内で生まれた牛だった」なんていう新しい発見があるかもしれませんよ!
取材日 2023/1/20