恩師の貴重な標本を守る教え子のレトロな建築 名和靖と武田五一 岐阜公園に続く百年の絆
岐阜公園の中に建つ二つのレトロな建物。赤い切妻屋根が目を引く『名和昆虫研究所記念昆虫館』とギリシャ神殿風切妻レンガ造りの『名和昆虫博物館』です。
それぞれ明治40年と大正8年の建築で、百年以上にわたり岐阜公園に存在し続ける建物です。
設計は「関西建築界の父」と呼ばれた武田五一。
実は、設計者の武田五一が、少年時代の一時期を岐阜市で過ごしたことを皆さんはご存じでしょうか?
【名和靖と武田五一 出会いとエピソード】
名和昆虫博物館の初代館長であった名和靖は、現在の瑞穂市に庄屋の孫として生まれました。
幼い頃から大の虫好きで、大好きな虫が害虫として農家を苦しめていることに心を痛めていたそうです。
名和靖は25歳から38歳までの間、昼は教員、夜は害虫駆除の講師として二足のわらじ生活を送っていました。
そんな中、岐阜華陽学校に在職中の1886年(明治19年)の11月頃、父の転勤で岐阜に引っ越して来た武田五一と出会ったらしい、と現在の名和昆虫博物館館長の名和哲夫さんは語られます。1872年(明治5年)生まれの武田五一は今でいう中学生から高校生の年齢でした。
ある時、岐阜県と福井県の県境にある夜叉ヶ池に名和靖が学生たちを連れて昆虫採集に出かけたそうです。
何とこの時に参加していた武田五一が途中ではぐれて迷子になってしまうという事件がおきたそうです。
おそらく、虫を追いかけている内に夢中になりすぎて、迷子になってしまったものと思われます。
名和靖はこの出来事を後の東京朝日新聞のコラムで「武田五一を夜叉ヶ池で失ってまった」と語っています。
この昆虫採集は有志のみの参加であったことから、武田五一が名和靖を大層慕っていたことが感じられる、と名和哲夫さんは語られます。
さらに、もしかしたら武田五一は将来、昆虫学者の道に進みたいと考えていたのではないだろうかと名和哲夫さんは思うそうです。
何故かというと、武田五一が描いた蝶の絵がとても上手だったからだそうです。
当時は、今のように何でも写真に撮って記録・保存するということができなかった時代です。昆虫学者たちは昆虫を絵に描いて記録していたので、上手に絵が描けるということは、昆虫学者にとっての必須条件でした。
武田五一の蝶の絵は細部まで丁寧に描き込まれていたため、昆虫学者=名和靖に憧れて絵の練習をしていたのではないだろうか?と推察したそうです。
私はこのエピソードを聞いた時、もしかしたらこの経験が設計者として図面を引く細かな作業にも活かされたのではないだろうかと思いました。
聞くところ、武田五一が設計することになった経緯について正確な記録は残っていないそうです。
しかしながら名和靖を慕っていた武田五一であるので、後に建築家となった時に設計を喜んで引き受けたのではないだろうか?それこそ、自ら買って出た位の勢いだったのではないだろうか?と私は想像します。
【二棟の建物は寄附を募って建てられた】
明治40年、名和昆虫研究所記念昆虫館は昆虫標本の保管場所として建てられました。
この建物は今で言うクラウドファンディングのように寄附を募り、建築された建物です。
取材に訪れた大阪朝日新聞の記者、土屋大夢が、自宅兼研究所に所狭しと無造作に積み上げられた標本を見て「貴重な標本をこのように保存するのは忍びない」と新聞紙上で寄附を募り、集まった資金によって建てられたそうです。建築費用は当時の金額で五千円だったとか。
ちなみに大正8年築の昆虫博物館は、県人の林武平の寄附によって建てられ、こちらの費用は三万円だったそうです。
【岐阜市に存在した武田五一建築】
現在、岐阜市に残る武田五一設計の建物は名和昆虫研究所記念昆虫館と名和昆虫博物館の二棟のみですが、かつては他にもいくつか存在していました。
旧加納町役場やぎふメディアコスモス近くの岐阜信用金庫美江寺支店です。岐阜市公会堂も武田五一の設計とのことですが、こちらは岐阜市民会館の前身の建物でしょうか?
残念ながらいずれも取り壊されて、旧加納町役場は中山道加納宿まちづくり交流センターとして、岐阜信用金庫は建て替えられて新たな美江寺支店として生まれ変わりました。
既に旧加納町役場は残されていないことは分かっていましたが、先日中山道加納宿まちづくり交流センターを訪ねてみました。
「あれ?この場所って…」
驚きました。旧加納町役場は私が小学生の頃
「この変な建物、何?」
と思いながら見ていた建物だったのです。
当時はただ怖くて気味が悪いだけの建物としか思えませんでした。しかしながら幼い私の心に引っかかる何かが確かに存在していました。
それは昨年、京都旅行をした際に見学した武田五一設計の1928ビル(旧毎日新聞社京都支局)に繋がり、さらには名和昆虫研究所記念昆虫館、名和昆虫博物館へと繋がりました。
地域を越えて、そして時代を越えて私の中で繋がった武田五一に不思議な縁を感じます。
【記念昆虫館の特別公開】
2026年は、名和靖の没後100年に当たります。
没後100年を記念して、2026年8月に普段は非公開の名和昆虫研究所記念昆虫館の内部公開を計画しているとのことです。
信心深かった名和靖が実物の4分の1の大きさで作らせた、富士の浅間神社の模型などを特別公開する予定だそうです。
名和昆虫博物館は、行政の補助を受けていない私立の博物館です。
そのため、入館料の収入などが標本の保存や建物の維持管理のための貴重な財源となっています。
虫が大好きな方は勿論「私、虫は苦手なんだよね」という方にも、ぜひ建物の維持管理のために訪れていただきたいと思います。
私たちのこの小さな素敵な行いが、貴重な標本と建築物をさらに100年、200年と後世に守り伝えることに繋がると思います。大丈夫!名和昆虫博物館を見学すれば、苦手な虫に対する考えが絶対に変わりますから!
貴重なこの機会にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか?
【アクセスなど】
- 名和昆虫研究所記念昆虫館<岐阜市重要文化財>
- 名和昆虫博物館<岐阜県登録有形文化財・岐阜市都市景観重要建築物>
岐阜市大宮町2-18
開館時間 金曜から月曜の10時から17時 祝日と夏休み期間中は曜日に関係なく開館
入館料 一般(高校生以上) 650円
子ども(4才以上) 450円
岐阜バス 岐阜公園・岐阜城徒歩5分
<書き手>メディコス編集講座 第4期生 飛鳥
メディコス編集講座とは、岐阜市の魅力的な情報を集め・発信する担い手育成を目的として岐阜市が開催している講座であり、令和7年度の第5期までに103名が終了し、市民ライターとして活動しています。









