「ライバルがいない職業は廃れる」─岐阜市の吉田旗店から日本全国へ、伝統技術が生き生き広がる理由
岐阜市立図書館主催、岐阜の郷土文化を学ぶイベント「おとなの夜学」で訪れた吉田旗店。相撲、寄席、神事などを飾る旗を手染めで作っている工房だ。
手染めを本格的に教える学校はないので、吉田旗店では4年間かけて技術や知識、歴史や心構えをみっちり教えている。手染めの染物屋は、日本全国でわずか200件。その半数にあたる100件が、吉田旗店の卒業生である。
「せっかく育った職人さんには残ってほしいのではないか」「染めの仕事量が限られる中、ライバル店が増えるのは良いことなのだろうか」と考えていた私は、「吉田旗店で修行された方々が、次々と独立して染物屋を開業することについて、どう思われますか?」と質問した。
しかし、85歳で現役の5代目・会長の吉田稔(みのる)さんから返ってきた言葉は、私の想定外のものだった。
ライバルがいない職業は廃れます。
その瞬間、私は心を撃ち抜かれた。吉田旗店が150年続いている秘訣は、この心意気なのだろう。
ライバルがいるからこそ、技術は磨かれ、創意工夫が生まれる。ライバルのお陰で、自分たちも向上できる。今現在だけの繁栄ではなく、未来を見据えている! と、私は感銘を受けた。

迷いなくスラスラと相撲旗の下書きを書き上げる稔さん。相撲文字は上側を大きくたっぷりと、下側をぎっしりと力士のイメージで書く。人気力士だとたくさんの旗が並ぶ。その中でも「私が贈った旗だ!」とわかると旗を贈ったスポンサーは嬉しいから、同じ四股名(しこな)でも違う印象になるよう工夫するのだそう。稔さんは「関」の字だけでも7通りを使い分ける。
柔軟さと革新
吉田旗店は、手染めという伝統を継承する工房でありながら、新しいものを柔軟に取り入れる。
相撲旗では、渋い色が特徴の昔ながらの染料から、ドイツが開発した比較的新しい染料に変更した。色鮮やかで染ムラになりにくいという利点を見極め、進化させたのだ。
染め技術を生かしてトートバッグやミニ鯉のぼりなど新商品を開発、ネット販売という新しい販路を開拓している。他店とコラボして傘もつくった。

写真左:夕焼けを運ぶトートバッグ/写真右上:ミニ鯉のぼり/写真中央下:相撲旗のくるみバッグ/写真右下:タイダイベビーロンパース/ネットショップで売り切れの過去作も、吉田旗店のインスタグラムで確認できる。(画像引用元:吉田旗店インスタグラム)
挑戦して失敗することもある。
糊を乾かす際に使われるのは熱した炭。これを、コーヒーの出がらしを固めたものを試した結果、コーヒーの香りで酔ってしまい断念。木くずを固めた炭に再変更した。失敗してもいい。ちょっと試してみるという好奇心と冒険心が革新には必要なのだ。

写真上:吉田旗店6代目・社長の吉田聖生(まさお)さん。生地の白色を残すため、文字の輪郭部分に糊を置く「糊置き」の作業中。/写真左下:糊を入れ、口金からしぼり生地に置く道具。/写真中央下:糊。原料は米ぬか(ゆるめる)⇔もち米(ねばる)、石灰(乾燥)⇔塩(保湿)の相対する4つのみ。季節や天候、生地によって適切な糊の粘度が異なり調整が難しい。/写真右下:炭。糊置きが完了した旗を炭の上に吊り乾かす。糊を完全に乾かすためには炭の遠赤外線が必要で、夏でも炭を焚く。

「伝統工芸品をつくり続け、文化を守る」。そういった力みを、吉田旗店では全く感じない。お客様から依頼されたものを丁寧に心を込めて作る。伝統や文化ではなく、お客様や贈り先の方への想いから仕事をしている、と私は感じた。
そうしてつくり出された旗は、生き生きと輝いていた。
若い職人が育つ
工房見学で私が驚いたのは、相撲旗を何色で染めるかという重要な判断を、とても若い職人さんが担っていたことだ。
相撲旗には使える箇所が限られている色が多数ある。黒色は黒星を、赤色は赤字を連想させ、水色は水を指し、茶色は茶々を入れる。こうした制約の中で最適な色を選ぶのは、熟練の技が必要だろうと私は考えていた。
それを若手に任せている。意見を柔軟に受け入れてもらえる環境だからこそ、若い職人がすくすく育つのだろう。
書は楽しいんだよ
旗の下書きを行う稔さんは、文字に精通しており、美術館に飾られるほど著名な書家でもある。工房の2階を書道教室として解放し、稔さんと息子で社長の聖生(まさお)さんが先生となり近隣の方たちに文字を書くことの楽しさを伝えている。
「書道教室は家から出る口実にしてください。家にばかりいてもよくないでしょう。書かなくてもここに来て、お茶を飲むだけでもいいし、おしゃべりするだけでもいいし。」と話す稔さん。
稔さんの優しさは、楽しい環境をつくる。
子どもたちは書道教室が楽しいので、でんぐり返しをしたり、走り回ったり、心のままにすごす。もちろん書道も楽しむ。文字の成り立ちや意味、バランスのコツなど豊富な知識を伺うのはとても楽しい。そして稔さんは褒め上手でもあるのだ。生徒はぐんぐん上達する。
全国に何万人といる生徒が使う教科書に、お手本として掲載されるほどの、とんでもない書家の書道教室が楽しさで満ちている。こういう世界が広がってほしい、と私は思った。

書道教室を見学した際に稔さんが書いてくれたお手本。「どんどん書くから、好きなの持って帰って〜」とのお言葉に甘えて6枚いただいた。毎週木曜日、聖生さんが先生の子どもクラスは18時から、稔さんが先生の大人クラスは20時から開催されている。
岐阜市では、素晴らしい心意気の職人さんたちがたくさん活躍している。稔さんは黄綬褒章を受賞しているが、こんなにも「名実ともに!」が相応しい人がいることを、もっと多くの人に知ってほしい。私は吉田旗店を訪れて、岐阜市がより大好きになった。
YouTube:みんなの図書館 おとなの夜学【第56夜】日本にたなびく岐阜の旗
吉田旗店ネットショップ
吉田旗店インスタグラム


<書き手>メディコス編集講座 第5期生 渡辺 永梨
メディコス編集講座とは、岐阜市の魅力的な情報を集め・発信する担い手育成を目的として岐阜市が開催している講座であり、令和7年度の第5期までに103名が終了し、市民ライターとして活動しています。
