No.31
“出会いを大切に”
地域に寄り添う新たな形
市川 由加里さん
有限会社 菊川美商 代表取締役
菊川代表 BOOK SHELF DIRECTOR
大学時代に司書の資格を取得。卒業後はロンドンに留学し、帰国後祖母の代から続く美容サロン「菊川美容健康道場」の三代目として美容の道に進む。また、幼少期からの読書好きが高じて、2022年7月に「菊川」を開業し、名前を手掛かりに本と出会える新しい選書サーヴィス「とある一冊の本」を始める。他にも本棚でホテルやオフィスなどの空間を演出するディレクション事業、まちの中に本棚が現れる「リトルフリーライブラリー」の設置など、本に関する事業に携わり、本を介したまちとの新しい関わり方を提案している。
現在のあなたの活動について教えてください
― 菊川美容健康道場について教えてください。
菊川美容健康道場は、祖母から受け継がれた、創業56年の美容サロンで、理念として「予防美学」を掲げています。この理念は、10年、20年先も皆さんが生き生きと健やかで、楽しく生きるために、身体や髪をトータルケアすることを目指しています。長年通ってくださる多くのお客様が、身体や髪を整えること以上に、居心地の良さや、悩みがあったときに話ができる安心な場所だと言ってくださいます。
お客様の中では、年齢を重ねることに対して不安を抱える方が多いです。将来どんな自分でいたいかを想像してみて、少しでも今意識していただけることがあれば一緒に考え、お客様へアドバイスを行っています。施術や会話を通じて、普段無意識に行っている生活習慣や寝る姿勢などを客観的に見つめ直し、発見を共有して一緒に楽しんでいくようなお仕事をしています。
― 美容のお仕事をされながら、本に関するサーヴィスを始めようと思ったきっかけを教えてください。
母が絶大な存在としてある中で菊川美容健康道場のお仕事をずっと続けていて、自分はどうやって仕事を確立していくのか悩み続けていました。そんなときに、自分はこんな人間ですというのを知ってもらうことで、菊川美容健康道場のお客様に繋がればいいなと思い、自分の好きなことや読書の記録をインスタグラムで発信することにしました。
当初の目的である集客には繋がりませんでしたが、読書記録をインスタで毎日アップし始めたことで、同じ本好きの人々とのコミュニケーションが生まれ、6年間も続けるうちに、美容のお仕事とは異なる何かができるかもしれないと考えるようになりました。
そこで個人事業として菊川を立ち上げることを考え、本を扱うための資格を取る準備をしつつ、本と人が出会う場づくりの方法を模索しました。その中で、以前自分がある書店で選書を受けた時、会ったこともない人が私の書いた言葉をもとに本を選んでくれることが嬉しくて、待つ間のワクワク感が楽しかった経験を思い出し、相手の名前から本を選ぶ「とある一冊の本」という選書サーヴィスを始めることにしました。
オンラインだけでリリースしたのですが、インスタグラムのフォロワーさんが温かく見守ってくださり、実際に動き出すことができました。
― 選書サーヴィスを始めてみて感じるやりがいについて教えてください。
良いことも悪いことも、いろんなことがありますね。例えば、届いた本の中に自分が生まれた町のことが書かれていたという声をいただいたり、好きな作家が選ばれたことに驚いたり、利用した方からフィードバックをいただけることが嬉しいですね。
中には、選ばれた本が全く合わず、ページを開けないまま手放そうとしたという声もいただき、お相手の方には申し訳なかったのですが、それも踏まえて、このサーヴィスを通じてのコミュニケーションが、利用した方の中に一つの体験として、今後何かに繰り出される瞬間があれば、それも無駄ではないかなと思います。
― メディコス主催のイベント「ぎふカルチャーマルシェ」の「一日だけの本の住みか」にコーディネーターとして参加された感想を教えてください。
メディアコスモスは不特定多数の方がいる場なので、どんな方が来てくださるのか楽しみでした。今回の選書の際には特にコンセプトを設けず、家族向けの本を中心に選びましたが、喫茶文化がテーマだったのでそのジャンルの本も取り入れつつ、立ち止まって読みたくなるような工夫をしました。お子さんからご年配の方まで、リラックスした雰囲気の中で本を楽しむ姿が見られてすごく嬉しかったです。
また、今回のイベントで使った小さな書架は、選書サーヴィス「とある一冊の本」がきっかけとなってデザインされたもので「ブックツリー」と呼んでいます。これは本を立体的に置くことで木に見えるデザインとなっていて、鉄の素材と本とが空間に調和しており、訪れた人々がその良さを楽しむことができたと感じています。
自分1人ではできない新たな形を、イベントを通して創り出せたことに感謝しています。
― 美容と本に関する事業の両立をされていますが、共通していることや違いについて教えてください。
二つの仕事に共通していることは「ゆだねる」ことです。
美容の仕事では、お客様が私たちに身を「ゆだね」、リラックスした時間を過ごしてくださいます。選書サーヴィスにおいては、選ぶことを私に「ゆだねて」まかせてくださいます。どちらも自分で決めたり行ったりすることから少し離れて、人の手に「ゆだねる」ことにおいて共通しています。忙しい毎日の中で、このように人まかせにしてみることも大切だと思っています。
反対に二つの仕事での違いは空間のあり方です。
例えば「リトルフリーライブラリー」は、菊川美容健康道場のガレージに置いていて、ガレージは本来個人の敷地で他人が立ち入らない場所ですが、そこに「BOOK POINT」を設置することで、オープンで境界線を感じない空間が生まれています。一方で、菊川美容健康道場のほうは完全予約制であり、クローズドな空間になっています。両方の事業が認知されるようになってきて、皆様からの温かい反応があることが嬉しいです。
これからの野望(目標)について教えてください
自分のやっていることが、まちや人にどんな影響を及ぼすのかを考えながら続けていくことが目標ですね。
BOOK POINTを設置したときも、公園やバス停、駅などのたくさんの場所に置きたいという気持ちだったので、景観との調和などのまちとの関わりを重視しながら、地域に貢献し続けたいと思っています。
また、受け継いできた美容のお仕事と新しく始めた本のお仕事は全く違うもののようで、私の中ではどちらもずっと共にある大切なものです。日々の生活の中でその都度感じることと、自分がずっと大切にしてきたものを掛け合わせながら、形にしていきたいです。それを続けていくことが地域に何らかの影響となって波及していけば嬉しいです。
あなたが考えるシビックプライドとは
地域への愛着とはどのようにあらわれてくるのかを考えたとき、自然にいつのまにか溢れてくるようなものだと思うんですよね。長良川などの馴染みのある風景を見ながら帰ってくるときの安心感や思い出が、自分の中に積もり、愛着や誇りを作っていると思います。次の世代にもシビックプライドを浸透させるためには、その愛着を喚起する地域の文化や記憶を大切にし、伝えていきたいと思っています。
コメント
やりたいことが浮かんだとき、それをやるかどうかを決めるのは自分次第です。日々変わっていく気持ちや環境の中で、今自分が何を大切に思い、どんなものに愛着を持っているのかを見つめ、その中でひとつひとつ選択をしていくことが、きっと自分らしい道へと導いてくれるはずです。たまには「人まかせ」にして思いがけない出来事や時間を楽しく感じてみてくださいね。
取材日 2024/11/22