天動説か、麺動説か? 岐阜の元祖B級グルメ「天ぷら中華」 絶滅の危機、審判の時 |ブログ|岐阜市シビックプライドプレイス

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天動説か、麺動説か? 岐阜の元祖B級グルメ「天ぷら中華」 絶滅の危機、審判の時

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岐阜市の隠れたソウルフード「天ぷら中華」をご存じだろうか。中華そばの上にドンと大きな海老天が乗る食べ物だ。天ぷら“中華”というネーミングから、天ぷらを中華料理店のラーメンに乗せてしまったような、オイリーでミスマッチな食べ物を想像しがちだが、そうではない。実際の天ぷら中華は、うどん店のやさしい和風だしの中華そばの上に、ふんわりと衣の大きな海老天が乗ったもので、計算された絶妙な時間軸の上に成り立つ食べ物だ。

「丸万」の天ぷら中華

天ぷら中華発祥の店といわれる弥生町「丸万」の天ぷら中華(現在は閉店されました)

着丼し、麺を食べ進めていく間、天ぷらの油分が徐々にスープに溶け出すため、スープはじわじわと味の厚みを増していく。同時に、天ぷらの衣は和風だしのスープを吸いふわふわと崩れていく。麺を食べ終わったころ、スープの上には膨らんだ雲のような衣が無数に漂う。その衣をなんとか掬いあげたいが、レンゲで掬おうとすると、衣は逃げていく。捕まえられない衣を追いかけるうち、あなたはいつの間にか、スープを全部飲み干してしまう。

だが残念なことに、岐阜市民さえ、天ぷら中華を岐阜の名物グルメと認識している人は多くない。大正時代末期をルーツとする天ぷら中華だが、岐阜市民にとっては、「当たり前すぎて何とも思われていなかった」といわれる食べ物だ。地元紙の記者によれば、天ぷら中華という単語は同紙の記事検索システムで2014年まで1件もヒットしなかったそうだ。当たり前すぎて全く注目されずに90年経過した、しかし90年以上市民とともに歩んだ食べ物。まるで影のようなソウルフードである。

天ぷら中華を広めるため2014年から活動する愛好家「天ぷら中華人民共和国」という団体がある。だが団体の国民(会員をそう呼ぶ)はわずか6人。いっぽう、岐阜県を代表するB級グルメ「鶏ちゃん」のファンクラブ「鶏ちゃん合衆国」は200人以上の国民を抱える。勢いの差は歴然だ。そして何を隠そう、私は6人の零細国家の一員である。(鶏ちゃん合衆国に亡命することもたまにある)

天ぷら中華人民共和国 党執行部メンバー

天ぷら中華人民共和国 党執行部(千手堂「太田屋本店」のご主人とともに)

天ぷら中華がどのようにして生まれたのか。そこには「天動説」と「麺動説」、2つの説が存在する。天動説とは、普通の中華そばでは物足らないお客さんが天ぷらを乗せてほしいとリクエストし、やがてメニューとして定着したという説。他方、麺動説とは、天ぷらそばや天ぷらうどんを出していた麺類食堂が、大正末期に中華そばの文化が岐阜に伝来した際、ブームに乗ってうどん・そばの麺を中華麺に変えたというものだ。天ぷらが乗った(天動説)のか、麺が入れ変わった(麺動説)のか。
岐阜大学天ぷら中華学部教授の富樫幸一教授(地理学)は麺動説を支持する。理由はこうだ。天ぷら中華を提供する岐阜市内の店舗を地図上にプロットすると、今は暗渠となって見えなくなった昔の川筋が浮かび上がる。上下水道の整備が終わっていない大正時代、水を大量に使用するうどん・そば店は川に隣接した場所に立地する必要があった。すなわち、天ぷら中華はうどん・そば店の”転向組”が提供したもの、すなわち麺動説が正しい、というものだ。富樫教授の理論はアカデミックで力強い。
ところが、当の天ぷら中華を提供する、ある店の主に聞いてみたところ、その答えは以下のようなものだった。
「どっちでもいいわ。そんなに天ぷら中華出ないし」
このように、実際に提供する店さえ無関心なところも、天ぷら中華の底知れぬ魅力の一つである(涙)。

天ぷら中華人民共和国による調査(すなわち私の調査)によると、岐阜市内に天ぷら中華を出すお店はかつて20軒ほどあった。とりわけ柳ケ瀬の周辺には集中的に分布していた。しかしこの2年で天ぷら中華を食べられるお店は激減。わずか5軒にまで減ってしまった。天ぷら中華は今、絶滅の危機に瀕している。その理由は何か。

それは天ぷら中華の「天ぷら」の供給が止まったためである。天ぷら中華を提供していたのは小さな食堂ばかりであり、厨房が小さいため天ぷらを揚げるスペースがなく、それを補うため、天ぷらだけを揚げて供給するえび天専門店、『伊藤天ぷら店』が存在していた。つまりほとんどの店は同じえび天を使っていたのだ。しかし、その伊藤天ぷら店が高齢化等で2年前に廃業し、天ぷらの供給が途絶えたのだ。天ぷらを外から仕入れていたシステムが仇になった。サプライチェーンの断絶である。

天ぷら中華の供給停止の張り紙

天ぷら伊藤の廃業による天ぷら中華の供給停止の張り紙(丸万)

滅亡の危機に瀕した天ぷら中華。しかし、ここで一大転機が訪れる。我々の情報を入手したテレビ局から昨年取材のオファーがあった。取材の中で「岐阜市民が天ぷら中華を食べないと始まらない」という議論が浮上した。市民の認知を上げるには、市民が最も多く集まる場所、すなわち岐阜市役所の「市役所大食堂」に天ぷら中華をメニュー化するよう検討を要請してはどうか、というアイデアが転がり出た。取材中に直接電話で交渉したところ、前向きに検討するという返事があったのである。そして、この一連のやり取りは実際にテレビで放映された。

かくして岐阜市役所大食堂は、天ぷら中華を新メニューとして追加し、2022年3月7日から提供を開始した。1杯700円。メニューリストの一番下、最も目立たない場所に配置されるあたり、影のソウルフードとしての天ぷら中華の定位置まで、完全に再現されている。影のソウルフードに、ついに一筋の光が射した。ぜひ、一度食べてみることをおすすめする。いや、おすすめ、というレベルではない。ここまで読んでしまったあなたには、食べる以外の選択肢はもう残されていない。あなたが食べなければまたメニューから消えてしまうかもしれない。そして今度消えれば本当に消えるかもしれない。審判はあなたである。

市役所大食堂のメニュー「天ぷら中華」

市役所大食堂のメニュー「天ぷら中華」700円

<書き手>メディコス編集講座 第1期生 田代達生

 

メディコス編集講座とは、岐阜市の魅力的な情報を集め・発信する担い手育成を目的として岐阜市が開催している講座であり、第1期となる令和3年度には23名が修了し、市民ライターとして活動しています。